今回はウェブアンケートにて総勢9,513名に調査した<横浜ベイスターズの「歴代最強のバッター」ランキング>を発表します。何人もの強打者を輩出してきた横浜DeNAベイスターズ。豪快なホームランバッターや快足のスピードスター、NPB希代の安打製造機に強力外国人選手と個性的なスラッガーが顔を並べます。地元出身者が多いのも特徴でしょう。あなたが選ぶ横浜最強バッターは誰ですか?さっそくランキングをチェック!
※横浜DeNAベイスターズに加え、大洋ホエールズ、横浜ベイスターズ時代を含みます。
TOP10
- 1位筒香嘉智 (999票)
- 2位ロバート・ローズ (909票)
- 3位内川聖一 (694票)
- 4位カルロス・ポンセ (465票)
- 5位谷繁元信 (443票)
- 6位石井琢朗 (442票)
- 7位高木豊 (440票)
- 8位ジョン・シピン (415票)
- 9位田代富雄 (358票)
- 10位駒田徳広 (308票)
ランキングの集計方法
調査方法:株式会社CMサイトがインターネットリサーチした<横浜の「歴代最強のバッター」ランキング【ベイスターズ】>のアンケート結果を集計。
※有効回答者数:全年代の男女(性別回答しないを含む)9,513名/調査日:2023年8月9日
第1位:筒香嘉智(999票)
画像はX(@sponichiyakyuu)から引用 《拡大》
- めっちゃホームラン打っていた
- サムライの4番!
- 大リーグへ行った長打の打者!
- 戻ってきてほしいです!
横浜高からハマの4番打者に成長!1位は筒香嘉智選手!
松坂大輔さんに憧れ横浜高等学校に入学した筒香選手は、高校通算69本塁打の成績を引っさげ横浜ベイスターズ(現・横浜DeNAベイスターズ)にドラフト1位で入団します。持ち前の長打力に磨きをかけ、2016年には打率.322、44本塁打、110打点、OPS1.110と驚異的な成績を残しました。日本を代表するスラッガーに成長し、2017年には、第4回WBCで4番を務めています。そして2019年のオフにポスティングシステムでタンパベイ・レイズに移籍!世界に羽ばたきました。
第2位:ロバート・ローズ(909票)
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- ベイスターズならローズが最強!
- 99年が、すごかったから
- マシンガン打線の中心でした
- 子どもが小さい時ファンで球場までよく観戦しに行きました。懐かしい
ハマの最強外国人選手!2位はロバート・ローズさん!
ローズさんは1990年代、横浜ベイスターズ(現・横浜DeNAベイスターズ)のマシンガン打線の中心打者として活躍。1998年のチーム38年ぶりとなる日本一にも大きく貢献し、横浜史上最高の外国人選手とも言われています。1999年にマークした153打点は歴代2位の大記録。打率.369は当時の右打者最高記録でした。また史上最多の3度目のサイクルヒットもこの年に達成しています。来日当初はどちらかと言えば「守備の人」という触れ込みでしたが、いい意味で期待を裏切った選手です。
第3位:内川聖一(694票)
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- 安打製造機!
- セ・パ両方で首位打者をとった
- 歴代屈指の通算打率をもっている
- 内川選手はコンスタントに成績を残していた印象があります
横浜が生んだ球界屈指の安打製造機!3位は内川聖一さん!
2000年のドラフトで横浜ベイスターズ(現・横浜DeNAベイスターズ)から1位指名され入団した内川さん。抜群のミート力で球界屈指のヒットメーカーに成長します。2008年にマークした.378は右打者とセ・リーグ日本人選手の最高打率です。福岡ソフトバンクホークスに移籍した2011年に首位打者を獲得し、史上2人目のセ・パ両リーグ首位打者に輝きました。2023年の交流戦「レジェンドOB対決」が横浜スタジアムで行われ内川さんが参加。横浜時代の応援歌が流れ「一生の思い出」と感動していました。
第4位:カルロス・ポンセ(465票)
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4位はカルロス・ポンセさん!
- スーパーマリオだった!
- ポンセ人気ありましたね~
- 心に残っている
口ひげを生やし、ゲームソフトの「スーパーマリオブラザーズ」のキャラクターにそっくりだったため「マリオ」の愛称で親しまれたポンセさん。子どもを中心にファンからの人気は絶大でした。1986年に来日すると1987年に打点王、1988年には本塁打王と打点の2冠王を獲得。勝負強い打撃で貢献します。プレーだけでなく明るいキャラクターでチームを盛り上げた、ハマのレジェンド外国人選手です。
第5位:谷繁元信(443票)
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5位は谷繁元信さん!
- 頭も良い司令塔の役割でした
- キャッチャーで頑張っていた姿が浮かびます
- 凄い人!
谷繁さんは1988年のドラフトで1位指名され、横浜大洋ホエールズ(現・横浜DeNAベイスターズ)に入団。1年目から開幕1軍を勝ち取り頭角を現します。1996年には打率3割をクリアするとセ・リーグを代表する捕手に成長しました。捕手としてのリードにも磨きをかけ、1998年の日本一にも貢献。リーグ優勝を決めた試合で大魔神・佐々木主浩さんと抱き合って喜ぶシーンは忘れられません。捕手の防具に隠れて背番号1がよく見えないため、背番号8に変更したというエピソードもあります。
第6位:石井琢朗(442票)
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6位は石井琢朗さん!
- 目立つ存在でした
- ここぞという時に活躍した!
- コーチになっても素敵です
ドラフト外で投手として入団した石井さん。1年目からプロ初勝利を挙げます。1992年に内野手に転向すると翌年には盗塁王と三井ゴールデン・グラブ賞(通称:ゴールデングラブ賞)を獲得。ズバ抜けたセンスの持ち主でした。球界屈指の内野手に成長し、斬り込み隊長として1998年の日本一に貢献します。投手として勝ち星を挙げ2000本安打を達成したのは、石井さんと川上哲治さんしかいません。
第7位:高木豊(440票)
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7位は高木豊さん!
- すごい選手だったから
- 足も速かったような。スーパーカートリオ
4年連続打率3割を記録するなど、俊足巧打堅守の内野手としてチームをけん引した高木さん。その名前が一気に知れ渡ったのが同じ俊足の屋鋪要さん、加藤博一さんと「スーパーカートリオ」を結成してからです。1985年には高木さんが42盗塁、屋鋪さんが58盗塁、加藤さんが48盗塁をマーク。3人での合計148盗塁は、他球団にとって脅威でした。現在はYouTuberとしても活躍しています。
第8位:ジョン・シピン(415票)
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8位はジョン・シピンさん!
- ライオン丸!
- スマートでかっこよかった
プレースタイル、風貌、ファッションなど1970年代の日本で大リーガーの香りを感じさせてくれたシピンさん。ヒゲとモミアゲ、長髪で特撮番組のヒーローにちなみ「ライオン丸」の愛称で親しまれました。ヘルメットをかぶり二塁の守備に就き華麗なプレーを披露、打っては快打を連発したスターです。スタイルもよく、ハンサムでプレーも一流のシピンさんに多くの野球少年が憧れました。
第9位:田代富雄(358票)
画像はX(@ydb_yokohama)から引用 《拡大》
9位は田代富雄さん!
- 大洋の四番打者と言えばオバQでしょう!
- 豪快にホームランを放つ姿は今でも忘れられませんね
「オバQ」のニックネームで親しまれた神奈川県小田原市出身の田代さん。1978年に開場した横浜スタジアムの夜空に、滞空時間の長い美しい放物線のアーチを描きました。通算278本塁打の田代さんですが、最後の一本は現役最終打席の満塁弾。いつまでもファンの心に残る一発でした。現在は横浜DeNAベイスターズのコーチとして第2の田代の育成に努めています。
第10位:駒田徳広(308票)
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10位は駒田徳広さん!
- 強かったです
- 巨人から積極的に移籍してくれた
駒田さんは1993年オフに読売ジャイアンツからFA宣言して横浜ベイスターズ(現・横浜DeNAベイスターズ)に移籍。若手が多いチームのなかで貴重なベテランとして活躍しました。打ちだしたら止まらない「マシンガン打線」の5番打者を務め、1998年の日本一にも貢献しています。2000年には2000本安打を達成しました。
横浜の「歴代最強のバッター」ランキング【ベイスターズ】ベスト10
以上、全年代の男女(性別回答しないを含む)9,513名が選んだ<横浜の「歴代最強のバッター」ランキング【ベイスターズ】>でした。
有効回答者数:全年代の男女(性別回答しないを含む)9,513名
調査日:2023年8月9日